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【棒銀一筋】加藤一二三の魅力【神武以来の天才】

[最終更新日:2004年8月30日]

◆HKSeNKoUs氏の第一予言

167 名前:◆HKSeNKoUs. 投稿日:02/11/30 13:51 ID:sSQYhlEP
 第121期名人戦七番勝負第4局は、2063年5月3〜4日、
この対局を最後に取り壊しの決まっている、
東京・千駄ヶ谷の旧将棋会館で行われた。
 3連敗で後のない羽生桃花名人のゴキゲン四間飛車に、
先手番の加藤一二三竜王は今期先手番無敗の棒銀で対抗。
羽生は角交換から桃花風車の堅陣を築き、序盤を優位に進めるが、
封じ手後、加藤は飛車を切り、金2枚をタダ捨てする強襲の上、
玉自らの突進により、桃花風車の一角を崩した。
 羽生は裸の加藤玉を詰めにかかるが、
加藤は角1枚で自玉の詰めろを阻止。
優劣不明の長い終盤戦が続いたが、
100手を過ぎるころ、加藤の容態が急変する。
 加藤の心臓は、過食と老衰により弱りきっており、
本来対局には耐えられない状態だった。
この対局も、主治医からの絶対安静という指示を振り切って臨んでおり、
駆けつけた医師団は即刻の対局中断を求めたが、
加藤は激しい空咳と大きなモーションの空打ちで中断を拒否。
特上寿司とうな重、板チョコ6枚を注文して対局を続行した。
 そして122手目、羽生の△2一香が決まる。
控え室検討では、この王手に対し、加藤は玉を逃げても、
いかなる合い駒をしても、詰みを避けられない。
検討陣は「加藤負け」で一致した。
加藤の持ち時間は残り7分。ネクタイを強く締め上げ、
中腰になってズボンの乱れを直すが、
残り4分となったところでその動きが止まり、床に倒れる。
すぐに医師団が駆けつけたが、呼吸、脈拍ともに停止。

168 名前: ◆HKSeNKoUs. 投稿日:02/11/30 13:51 ID:sSQYhlEP
 しかし、搬入された担架に加藤竜王を乗せようとした瞬間、
加藤は起き上がり、最後の一声をあげる。

       「 あ と 何 分 ? 」

「加藤竜王、残り2分です」という計時係の声に、
加藤は3一の角を取り上げ、渾身の力で2二に叩きつけた。
第123手、加藤一二三竜王、▲2二角不成。
その駒音は控え室にまで響き渡り、次の瞬間その2二を中心として
盤面に亀裂が走ると、まもなく盤は真っ二つに割れた。
記録係が替えの盤を持ってこさせようと指示を出すが、
羽生はそれを無言で制止、静かに投了を告げた。
 ▲2二角不成のところ、▲2二角成では、37手後の△1二歩打ちを
▲同馬と取ることができるのだが、不成だとこの歩を取れないため、
△1二歩は打歩詰となって成立しないのだ。
 渾身の一手を放った加藤は、そのまま真っ二つの盤の前、
静かに目を閉じ正座している。再び医師団が駆けつけたが、
加藤新名人はすでに事切れていた。
 加藤一二三、実力制六代名人。1982年、中原十六世名人との
10番勝負を制した第40期名人戦以来、81年ぶりの名人復位。
同時に、竜王、棋聖、王位、王座、棋王、王将と合わせ、
1996年2月、羽生善治十八世名人以来の七冠王に輝いた、
その一局を最後に、123歳と123日、盤上に大往生。
生きながらにして伝説となった大棋士にふさわしい、
壮絶にして劇的なる最期であった。
 なお、この将棋はそのまま「加藤定跡」としてさまざまな棋士により
検討がなされたが、先手勝利を覆す変化はついに発見されず、
将棋の先手必勝が証明され、ゲームとしての将棋は終焉を迎えることとなった。

(注:羽生桃花は羽生善治の二女)


◆HKSeNKoUs氏の第二予言

208 名前:◆HKSeNKoUs. 投稿日:03/01/08 10:04 ID:liefj2Ih
 第79期C級2組順位戦最終局は、2021年3月12日、例年通り全局一斉に
東西の将棋会館で行われた。今回の対局で、特に注目される一局があった。
現代の看寿、内藤國雄九段と、神武以来の天才、加藤一二三九段の対局。
ともに齢81歳、往年の名棋士同士、このカード久々の実現であった。
 しかし同時に、この対局には、長年棋界で戦い抜いてきた両雄にとって、
皮肉にして苛烈なる意味があった。今期、内藤、加藤は両者、降級点2つを
背負っての順位戦であり、ここまでの成績はいずれも3勝6敗。この数字が
意味するのはつまり、この対局に敗れたほうが3つ目の降級点、すなわち
引退に追い込まれる、ということであった。
 そんな過酷な対局でありながら、対局室に現れた両者は、いつもと変わらぬ
泰然たる手つきで駒を並べ、その顔には笑みまでも浮かんでいるかのように見えた。
こうして、運命の一局は厳かに開始された。
 先手番の加藤が選んだ戦法は横歩取り。後手番の内藤は、自身に
第1回升田幸三賞をもたらした十八番、内藤流空中戦法で真っ向から対抗、
加藤も正々堂々それを受けて立つ。超急戦で一気に終盤かと思われたが、
加藤に受けの妙手▲5六金が飛び出すと、一転戦線は膠着し、持久戦へと
流れ込んだ。
 終わりの見えない持久戦のさなか、3九で眠っていた加藤の銀が動き出す。
2八へ深く引いた飛車のその頭から、銀は一歩一歩進んでゆく。この時点での
手数はすでに150手を突破、あまりにも遅すぎる加藤棒銀の始動であった。
一気にさばいて勝負をつけようとする加藤と、絶妙の駒組みでこの棒銀を
止めようとする内藤。すでに両者持ち時間は切れており、この丁々発止の
せめぎあいはすべて、一分将棋の中で行われたのである。
 そして第197手、待望の▲2三銀成が実現する。加藤が飛車先突破に
成功した瞬間であった。たちまち内藤の玉は引きずり出され、
陣形は蹂躙され、飛車交換からの▲5五角成で一気に後手玉は危なくなった。
 だがそれらはすべて、内藤の用意した罠であった。その次の瞬間、
内藤はノータイムで△1四桂。なんとその一手で、7七の先手玉に必死が
かかったのである。いずれの変化もぴったり、最長で100手近く、
持ち駒まで使い切って詰む。さすがは詰め将棋作家、と検討陣は感嘆した。

209 名前: ◆HKSeNKoUs. 投稿日:03/01/08 10:04 ID:liefj2Ih
 加藤は後手玉を詰めなければ負け。秒読みに追われる中、
加藤が選択したのは▲9六飛。3六の後手玉に最遠から迫る一手である。
内藤はこの飛車引きに、△7六歩の逆王手で中合い。歩合い以外では
詰んでしまうので、盤上この一手のはずであった。加藤が▲7六同飛と
応じると、そこから果てしない連続王手が始まった。
 内藤が一手でも間違えれば最長65手の詰み、加藤が間違えれば不詰で
途中変化の余地はなく、両者、ほとんど10秒以内の応手が続いて7時間、
加藤の▲8六飛打ちに対する内藤の△7六歩、この逆王手中合いを
▲同飛と取ると、7時間前とまったく同一の局面が現れる。どちらも
譲ることはできず、この2000手を超えるループに再び突入となった。
すでに対局開始から24時間を突破、両者の疲労は極限かと思われたが、
一手も間違えることなく、2周目を4時間、3周目を2時間半で終えて、
4度目の△7六歩合いを打とうとしたその瞬間、内藤の手が止まった。
この歩合いに▲7六同飛と応じると、連続王手の千日手が成立して
加藤の負け。しかし△7六歩打ちは逆王手であり、この王手を避ける手は
▲7六同飛しかない。その▲同飛が許されない以上、先手に応手なし、
すなわち先手玉は詰みだから、△7六歩は打ち歩詰めであって許されない。
戻って、ループ突入前の▲9六飛車引きには、一度△8六桂の捨て合いを
入れておくのが正解であった。これを▲8六同飛と取らせておけば、先手の
▲8六飛車打ちが先に千日手を成立させるから、内藤の勝ちであった。
 内藤はやむなく△7六桂合い、これは逆王手でないので、加藤は飛車を
動かさず反対側から迫り、この長い長い将棋はようやく収束に入った。
そしてさらに6時間、1800手余りを経て、加藤の頭金で内藤の玉は、
ぴったり5五の都に詰め上がった。持ち駒もぴったり使い切った完全作。
1度目の▲7六同飛から数えて、実に8101手の詰将棋であった。
変化はいずれも難解だが、加藤も内藤も見事に最善の応手を貫き、
この偉大なる詰め将棋を、実戦の盤上で完成させたのだ。

210 名前: ◆HKSeNKoUs. 投稿日:03/01/08 10:04 ID:liefj2Ih
 熱闘37時間、こうして史上最高の詰将棋作家、内藤國雄は棋界を去った。
同日には85歳の最年長棋士である有吉道夫九段も、持将棋2回、千日手1回の末、
桐山清澄九段に惜敗し、好敵手内藤と同時の引退が決まった。
 同年の看寿賞は、全会一致で内藤と加藤の二人に与えられ、また同時に、
これを超える詰将棋は今後現れないだろう、という理由から、翌年以降
看寿賞を廃止することも決まった。この詰将棋は、のちの全盤面探索により
唯一無二の最長手数詰将棋であることが証明されている。
 そして、この将棋に勝った加藤一二三は、その後、幾度もピンチを迎えながらも
C2に残り続け、武市三郎八段の持っていた記録をはるかに塗り替える、
39期連続C2無降級点を達成し、第117期にはC1へ昇級。以後毎年昇級を
続け、名人以外の六冠を立て続けに奪取、第121期A級順位戦にも全勝して、
最後の名人戦に臨むこととなる。

最後の審判について